無い物ねだり
返事をしたものの、意識がもうろうとしてきた。ふいに目眩がし、その場に崩れそうになった。
「漆原!」
「涼ちゃん!」
「涼!」
すると新山の声のほかに、風亜や父、母の声が聞こえ、幾人もの足音が走り寄ってきた。たくさんの手が体の下に差し込まれれば、目の前に風亜や母、バスケット部のメンバーが心配そうにのぞき込んでいる顔が現れた。
「涼ちゃん、大丈夫?」
「すぐ病院へ行った方が良いかもしれない」
「そうだね。お母さんもいるし」
「私、正面玄関に車を回してくるわ。風亜ちゃん、涼をお願い!」
母は素早く身を翻すと、急いで走った。すると続いて戸塚が走りだした。
「私、監督呼んでくる」
「うん、お願い!」
みんなは私を気遣い、何かと動いてくれる。そんな気持ちはすごく嬉しいのだが…素直に喜べなかった。新山を見れば、同じ気持ちなのだろう、微妙な面持ちでいた。
「あのね、風亜」
「あ、立っているの辛い?ロビーに椅子があるから、そこへ行って横になろうか?」
「いや、そうじゃなくて…すぐ駆けつけてくれたのは嬉しいんだけど、今までどこにいたの?」
「えっ?えっと、ね」
「うん」
「その…すぐそこの角の、後ろ」
風亜はすぐ右手にある角を指さしながら、気まずそうに視線をそらした。私は告白シーンを見られていた事を知り、恥ずかしさで顔から火が出そうになった。新山も同様に顔を真っ赤にした。
「風亜。あのね…どのあたりから見ていたの?」
「ご、ごめん!み、見るつもりはなかったんだよ」
「うん」
「でも、体育館を飛び出して行ったきり帰ってこないから、心配になってみんなで探しに来たんだ。ほら、足こんな状態だし」




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