無い物ねだり
「うん」
「そうしたら、ちょうど良いところに出くわしてしまって…とても声をかけられなかったの。それで良さそうなタイミングを待っていたら、涼ちゃんのお父さんとお母さんも来て、次に三年生と、一年生、二年生の部員も来て。でも、まーだ声をかけれそうになくて…待っていたら、涼ちゃんが倒れそうになったから、えいっ!って助けに入ったの」
「そうじゃないの。どの場面から見ていた、って聞いているの」
「あ、ああ。いや、その…こ、告白されているあたり、かな」
「そ、そう…」
私は大きくため息をついた。親友の風亜だけならまだしも、他の学年の部員にまで目撃されたのはヤバい。明日からしばらくの間、ひやかされ続けるだろう。
 ダメ押しに、父と母にまで目撃された。いままで彼氏をつくることについて少しも話し合った事はない。それだけに、『あんたはまだ中学生なんだから、彼氏なんて早いわ。お付き合いするなんて、絶対許しません!』とか『恋愛にうつつをぬかして、卒業できなかったらどうするの?成績ギリギリなのに』と言われそうで怖かった。実際、父の眉間には深いシワが刻まれている。
(まあ、考えていてもしかたないか。なんと言われようと、付き合うつもりだし。許してくれないなら、許してもらえるまで説得しよう)
あっと言う間に立ち直ると、新山と風亜に支えてもらいながら正面玄関へ向かった。母は正面出入り口のドアのすぐ前に車をつけ待っていた。
 新山は母と目が合うと、ひどく緊張した様子で頭を下げた。まだ挨拶さえしていない。おまけに告白シーンを目撃されていた事を知り、気まずいのだろう。しかし母は特に変わった様子もなく、風亜と新山に『ありがとう、涼を後ろの席に座らせて』と言っただけだった。父は何も言わず助手席に座った。
 赤いハッチバックの軽自動車の後部座席のドアを風亜が開けると、運転席から降りてきた母と新山が私を乗せてくれた。恩田先生や部員は側までくると、『大丈夫?』と聞いてきた。
 出発の準備が整うと、新山、風亜、恩田先生と部員全員が厚い壁を作るよう並んだ。みんな心配そうに私を見て、『足、治るといいね』『ゆっくり休んでね』と声をかけてくれた。そんな言葉に心がジーンとした。







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