無い物ねだり
新山はソロソロと顔を動かし教師を見た。ただ、うなずこうとしない。
「調子が悪くなったのなら、やめていいんだぞ。みんなも十分楽しんだろう…」
教師がしゃべっている最中、新山は『うっ』と言った。私はドキッとした。いや、みんなもドキッとした。今にも新山が吹き出しそうな気がして…
 とたん、新山は教師の顔に向かってコーラを大噴射した。
「・・・!」
まるで噴水のようだ。いや、車を洗車するスプレーのようだ。すごい水圧で吐き出される水はドロドロに汚れた車体も、アッと言う間にキレイに洗い流してしまいそうだ。
 ただ今回噴射した先は、担任の顔。噴射した物は、砂糖タップリ、着色料もタップリ入っているコーラ。おまけに担任は色白で、着た白いワイシャツ共々、コーラの茶色いシミが良く目立った。先生には悪いが、何とも愛嬌がある。おまけに、驚きのあまり目を全開で見開き、銅像のように微動だにしない。それもさらに笑いを誘う。
 気が付けば会場にいる全員、口元を押さえたり視線を外し、笑いをこらえていた。今にも大爆笑しそうだ。
 新山だけが、悲壮な空気を漂わせていた。みんなを『スゴイ奴だ!』と驚かせる予定が、校内一の笑い物になりかかっている。プライドが許さないのだろう。
「…っく、くくっ…」
しかし、誰かが笑った。とうとう耐えられなくなったのだ。それはパンパンに膨らんだ風船に針を刺すような行為だったらしく、一気に『笑い』の詰まったゴムが破裂した。
「あーっ、はっはっ!」
新山以外の生徒と先生がいっせいに腹をかかえ笑い出した。ものすごい声で。そのパワーはすごく、二階にはめられた大きなガラス窓がビリビリ震えるほどだった。よほど新山が吹き出したのが面白かったに違いない。
「や、やべぇ。笑いすぎて腹が痛ぇ」
「アタシ、耳の下が痛くなってきた」
「俺は頬も痛い」
「新山、スゲェ。ウチのクラスのヒーローだ!」
「今度、なんかの行事に、またやってもらおうぜ。成功しても失敗しても盛り上がるし」
「そうだね。こんなに笑ったの久しぶりだもの!」





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