無い物ねだり
「ただ、お付き合いをするには条件があるわ」
「…な、何?」
「お父さんが言ったように、ちゃんと勉強すること。高校にも入ること」
「もちろんよ。高校に行って、バスケしたいし」
「もう一つ。するのは、キスまでね」
「へっ?」
「それ以上は社会人になってからにしてちょうだい。妊娠したら困るわ」
母はルームミラー越しに目で『わかった?』と聞いてきた。私は思わず『うんうん』と頷いた。予想外のお願いにすっかり動揺してしまった。ちなみに父はもっと動揺していた。
 しかし、すぐ立ち直った。新山と一緒に歩き出す未来を思うと、楽しくてしょうがなかった。
 たとえば、一緒に登校する。どんなに朝眠くても、大好きな人の顔を見ればきっとすぐ元気になるだろう。たとえば、一緒にお昼ご飯を食べる。もし母がまたご飯を炊くのを忘れ、あんまり好きじゃないパンしか買えなくても、彼と一緒なら高級レストランで出される焼きたてのパン並みにおいしいだろう。また、これは高校に入ってからになるだろうが、日程の都合がつけばお互いの試合の応援に行ったり来たり…どう考えても、嬉しいことばかりだった。
(まずは一緒にいる時間を増やすためにも、同じ高校へ行けるよう勉強をがんばらなきゃ)
心の底から力がわいてきた。愛の力で、ケガまで治ってしまいそうだった。
(私と新山君が付き合っている事を知ったら、片平さんはまた激怒するんだろうな…でも、負けない。新山君と必ず乗り越えて見せる!)
彼となら本当に出来る気がした。
 全国大会が終わった翌日、学校へ行くとすっかり有名人になっていた。校長先生が新聞に載った記事と写真を拡大コピーし、正面玄関を入ってすぐの掲示板に貼ってくれたのだ。そのため、会う人会う人私の顔を見ると『優勝おめでとう!』と言ってくれ、嬉しいやら恥ずかしいやら、心はとても忙しかった。
―しかし新山の顔を見たとたん、嬉しさ百パーセントになった。―




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