無い物ねだり
(いや、そんなことあるわけがない。そうでしょ、私。さあ、勇気を出して電気をつけるのよ。忘れ物を取って帰るのよっ!)
勢いよくドアの取っ手に手をかけ、一気に開ける。…しかし、何も襲って来ない。気配も感じない。少しホッとして右手の壁を探れば、必死になって電気のスイッチを探した。
「ひっ・・・!」
目をこらすと、人らしき黒い影が月明かりの中はっきり見えた。
「誰だ」
しゃべった。男の声だ。聞いた事があるような気がする。しかし、あまりにも怖くて冷静に判断できない。私の恐怖は最高潮に達した。
「きっ・・・」
私はブルブルと全身を震わせながら、肺一杯に息を吸い込んだ。眉間にシワを寄せしっかりと影を見つめれば、ピタリと息を止めた。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
そして、肺にためた息を全て吐き出すよう叫んだ。自分でもビックリするくらい高い声で。ただ影も驚いたようで、体をビクッと震わせた。
 しかしすぐ、私に向かって近付いてきた。私は『襲われる!』と思い、一番そばにあった机をつかむと、普段『えいっ!』と力を入れなければ持ち上がらないそれを軽々と真上へ持ち上げた。火事場の馬鹿力と言うやつだ。
 影は私が机を持ち上げると、急に動きを止めた。ぶつけられるのが恐ろしいのだろう。
「よ、よせ。何もしない!」
影は焦って叫んだ。
「ウソ!するわ。私を呪い殺すつもりなんでしょっ!」
「呪い殺す?できるわけねーじゃん。俺、人間だぜ!」
「人間!ウソッ!あ、あなた…お、お化けでしょ?じゃなきゃ、こんな真っ暗な中にいるわけないもの!」
「マジで違うってっ!…って。おい、机を投げるな!危ないだろっ!」
「お化けの得意技じゃない!あなた、ここで自殺した霊なんでしょ?それで夜にやって来た生徒を道連れにして、あの世へ連れて行く気なんでしょ。一人じゃ寂しいから!」
私は影へ向かって、おもいっきり机を振り下ろした。あの世へはまだ行きたくない。絶対、追い払いたかった。

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