無い物ねだり
 そうは言っても、山の斜面に張り付くよう建つ校舎に辿り着くには、正門まで伸びる長い坂道を上らなければならなかった。小学校時代は平地に建っていたので、すごい環境の変化だ。 小学生時代はミニバスケットをしていたので体力には自信があるが、入学して一ヶ月目くらいは、着くまで何度か止まって休憩をした。それくらい正門へ続く坂道は長く急だった。休まず一息であがれるようになった時は、嬉しかった。自分が誇らしかった。
 ただ、六月も下旬を過ぎると気温が高くなってきているせいか、少し体を動かしただけで全身が汗ばんだ。北海道と言えば年中涼しくて爽やかなイメージを抱きがちだが、エゾ露という露もある。夏はそれなりに暑い。
 特に快晴の見本のような今日は朝から太陽がギラギラと輝いていて、家を出てすぐ汗が噴き出した。坂を上れば背中や脇の下がビショビショに濡れ、信号で止まるたびハンカチで拭いた。
 もちろんこの状況を考え、着替えは持ってきていた。なにより部活で朝練をするので、大量の汗をかかずにいられない。どっちにしろ授業へ出るためには、着替えねばならなかった。
 着替えてサッパリしないのは、気持ちだけだ。
 原因は『新山 一成(にいやま かずなり)』アイツにある。
 新山は今年の四月、お父さんの仕事の関係で東京からウチのクラスに転入して来た男子で、なぜか私は彼にイジメられていた。目が合えば『無表情で暗い』だの、『女のクセに無口だ』だの、『そうか、ありゃ女じゃ無いんだ。女の皮を被った男なんだ』だの、ありとあらゆる難クセをつけられた。もちろん私は黙っていない。必ず反撃した。
 しかしイジメは止まらない。学校がある日、顔を合わせた分だけやられる。
(私、十分『女子』よ、『女』よ。女以外の何者でもない!口にしないけど、生理だって毎月ちゃんとあるんだから!だいたい『女は笑っていなくちゃいけない』って誰が決めたの?苦しい時や辛い時だってあるんだから、そうそう笑っていられない。愛想笑いが嫌いな人だっているし。そうよ、笑いたくない時は笑わなくったっていい。アリよアリ!)
胸にふつふつと怒りがこみ上げてくる。



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