無い物ねだり
 私の心の奥底が、甘くうずいた。
「笑顔で応戦か、余裕だな」
「…ごめんね」
「はっ?」
「歓迎会で芸が失敗して苦しんでいたのに、笑ってゴメンね」
「な…何今さら言ってんだよ。俺は器の大きい男なんだ。終わったことはクヨクヨ悩んだりしねぇんだよっ!」
「そう、よかった。じゃ、行くね」
「お、おう」
「今度は成功すること、祈っているから」
私は帰るためにドアの方へ振り向いた。このセリフは恥ずかしくて顔を見て言えなかった。
 一回だけ、大きく息を吸った。
「イッキ飲みしている時の新山君、すごくカッコ良かったよ」
私は言い切ると、ダッシュして玄関へ向かった。見回りの先生がやって来て『廊下を走るな!』と注意されても止まれそうになかった。
 恥ずかしくて、変な事を口走りそうだから。
(新山君、元気出してね)
心の中で何度も呟き、その日は帰宅した。純粋に彼を応援したくて。
―しかし、その数日後から新山は私をイジめるようになった。―
 私は良心を踏みにじられたようで、すごく悲しかった。だから、絶対屈したくなかった。
(ほめてあげたのにイジめで返してくるなんて、本当にヒドイよね。あーあ、『ゴメンね』って謝って損した。ほめて損した!)
心の中に渦巻く怒りを散らすよう、心の中で叫んだ。誰かにあたるのはイヤだから。

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