無い物ねだり
次に襲ってきたのは、大橋だった。センターラインとゴールの真ん中くらいにいたのだが、進藤と伊藤の動きにふがいなさを感じたのだろう、わざわざ上がってきた。
 新山はこれも楽々抜き去ろうとするが、運動神経の良い大橋にはできない。右へ動けば右、左へ動けば左と、壁のように立ちふさがった。
(腹立つくらい良い動きしてんなー。でも俺は前の学校からサッカー部。付け焼き刃のお前と違って、技術の高さは折り紙尽きだ!)
チラリと後ろを振り返ると、右足の側面で左真後ろにボールを蹴った。まだ、そこに人はいない。しかし新山にはパスを渡す確信があった。
「あっ!」
大橋が叫んだとたん、新山と同じチームでゴールを守っていた田口が突然現れた。ついさっきまでセンターラインの前にいたのに、追いついたらしい。
「行っけー、田口!」
「ウィース!」
ゴールからはかなりの距離がある。しかし田口はひるむことなく、パスを受け取るともの凄い早さで走り出した。新山が抜いた進藤と伊藤が戻ってきて追いかけるが間に合わない。どんどん距離を広げていく。
「今日も足早ぇな、田口。チッキショーッ!」
「待てぇーっ!シュートは撃たせねぇぞ!」
ぐんぐん、ぐんぐん、ゴールへ近付いていく。
 田口は入学以来、毎回陸上競技の全道大会で百メートル走に出場し、常に上位に食い込んでいる俊足の男。全国大会にも行ったことがあり、けっこう有名人である。
 ちなみに、ドリブルは新山が教えた。できはイマイチだが、足の速さで十二分にカバーしていた。
「いいぞ、その調子だ。行っけーっ!」
新山は走りながら拳を振り上げ叫ぶ。田口はその声に背中を押され、さらに爆走する。ほぼ独走態勢だ。もう誰も止められないのではないかと思った。
 次の瞬間、一人の男が立ちはだかった。田口がハッと驚けば、すかさずボールを奪った。
「ナーイス、泉!」



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