無い物ねだり
「こりないねぇ」
呆れてため息をつく新山もなんのその、泉は勢いよく立ち上がると、リフティングを始めた。ただボールをすぐ落としてしまい、続かない。上げればヨロヨロ、ヨロヨロと前後左右によろける。そのうち敗ボールは、すぐ側で、部活用に持ってきていた水筒で水を飲んでいた進藤の左頬にぶつかった。進藤は驚いて水を吹き出した。
「おい、気をつけろよ泉!」
「わりぃ、進藤。大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろ!顔がガッタガタに歪んじまったよ!」
進藤は唾を飛ばす勢いでしゃべった。よほど驚いたらしい。すると、そのかたわらで大橋と鈴木がニヤニヤしだした。彼らを見ていた新山は『しまった』と言う顔をした。
「三日前を思い出すなぁ、新山」
「そ、そうか」
「あれは緑成館の歴史に名を刻む、すばらしいパフォーマンスだった。僕ぁ、涙が出るほど感動したよ!」
鈴木は口をタコのようにとがらせ『ピュー』と言った。そう、新入生歓迎会の時に起きたアクシデントを再び掘り返そうとしているのだ。新山にとっては今すぐにでも忘れたい過去だが、友人達にとっては、すっかり武勇伝になっていた。この三日間、顔を合わせれば必ずこの話題で盛り上がった。
(もう勘弁してくれよ!)
新山はウンザリして明後日の方を見た。
 すると、こりずに再び泉がリフティングをしだした。その側では、同じ距離で進藤がまたも水を飲んでいる。離れる気配はない。しかし泉のリフティング技術がすぐ向上するわけもなく、あいかわらずヨロヨロしながらやっている。今にも数分前のようにボールが進藤の顔にヒットしそうだ。
「おい、進藤。離れて飲めよ」
「へ?」
「へ?じゃねーよ。さっきみたいに、ボールが顔に当たりそうだぜ」
新山が言うと、進藤は口を尖らせた。
「当てた泉が悪いんだから、泉が離れればいいじゃないか」
「俺はうまくないんだから、簡単に動けねーんだよ」
「やめればいいだろ」




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