無い物ねだり
「進藤のほうが動けよ。水飲んでいるだけなんだから、簡単にできるだろ」
泉も進藤もイジでも動こうとしない。二人とも頑固だ。
 周りにいる新山や大橋、鈴木はドキドキして見ていた。ボールが何度も進藤の顔にぶつかりそうな距離まで飛んでいっているからだ。
(マジ、ヤバイよな)
(マジ、ヤバイって)
(マジ、顔に当たるって!)
新山が思った次の瞬間、コップに並々注いだ水を飲もうとしていた進藤の顔面にボールがヒットした。それも真正面に!
「あっ!」
もちろん、泉のリフティングに失敗したボールだ。
「…っつ、冷てぇ!」
当然コップに入っていた水は顔を塗らし、着ていたワイシャツの襟元をビショビショに濡らした。ところが泉は謝ろうとせず、『そら見ろ』と言う顔で見るだけだった。びしょ濡れの進藤をハンカチで拭いたのは、新山や大橋だった。
「大丈夫か?」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ!ワイシャツがびしょ濡れだ!最悪だぁー!」
「だーから言っただろ。俺、ヘタだって。忠告したのに避けない進藤が悪いんだ」
「悪いのは泉の方だろ。素直に離れればこんな事にならなかったんだ」
「いや、悪いのは進藤だ」
「何言ってんだ。悪いのは泉だろ!」
「進藤だ!」
「泉だ…」
とたん進藤は大きく息を吸い込み、『へっ』と言い、体をブルッと震わせた。
「ヘックション!」
春の北海道はまだ寒い。少し濡れただけでも体が冷える。
「もう教室に入ろうぜ、進藤。休憩時間もそんなにないし」
「そうだな。ワイシャツが思ったより冷たくて耐えられない」
「心まで冷たくなりそうだろ?」
新山が言うと、全員ドッと笑った。泉も進藤も笑った。すると二人は『ゴメンな』と謝った。一件落着だ。
 ところが急に田口がマジメな顔になった。あきらかに何か心配がある様子だ。


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