無い物ねだり
「心まで冷たくなるか…」
「なんだ、田口。どうかしたのか?」
「いやさ。俺のクラスに、ぜんっぜん笑わない女子がいてさ。そいつ見ていると、マジ心が冷たくなりそうなんだよね」
「そいつ本当に人間か?雪女が人間のフリしてんじゃねぇの?」
「ウマイ事言うな、新山。そう、まさに生ける雪女だ」
「って言うか、誰だその雪女って」
「バスケット部の、漆原涼だよ」
「え?」
新山はドキッとした。新入生歓迎会のあった夜、教室に忘れ物を取りに来て一騒動を起こした女子だ。お化けと間違われて大変な目にあったが、嬉しいこともあった。
 学校中のみんなが新山の失敗を笑い一言も謝らなかったのに、彼女は『ゴメン』と謝った。そして『イッキ飲みしている時の新山君、カッコ良かった』とほめてもくれた。
嬉しくて嬉しくて、あの夜何度も思い返した。あんなに嬉しいのは初めてだった。
 あまりの嬉しさに、翌日早速名前を調べ胸に焼き付けた。
(ウルシハラ リョウ…ウルシハラ リョウか!)
そして遺伝子にも名を刻み込んだ。決して忘れないように。
(漆原は、俺を見る目がある)
そして脳裏を過ぎる、授業を受けている時の彼女の姿。確かに笑う事はほとんどないが、心が冷たくなるような印象はない。なぜなら彼女はしゃべるより聞いているタイプだからだ。誰かがしゃべっているのを無視している気配は全くない。
 しかし悪口と言うのは人の心をくすぐるらしく、新山以外のメンバーは涼の悪口で大いに盛り上がった。
「確かに漆原さんは笑わないなぁ」
「だろ?進藤」
「メチャ無表情かも」
「だろだろ?」
「いつも思っていたんだよね、漆原さんの周りだけ空気違うなーって」
「よかった、進藤も気づいていたんだ。マジ、あれは無くねぇ?」
「うーん、できれば女の子は笑っている方がいいかな」
「いい、絶対いい!」
「ってか、有名じゃね?」

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