無い物ねだり
「あー、確かにそうかもね」
進藤は田口の言葉に何度も頷いた。すっかり周りの言葉に洗脳されてしまっている。
 新山はかたわらでドキドキしながら見ていた。涼の話しで盛り上がり、新山が全く口を挟んでいない事に気づいていない。しかし気づけば同意を強いられる上、『何で黙っているんだ。もしかして漆原の事好きなのか?』と突っ込まれ、『お前、頭がおかしいんじゃねぇの?』とバカにされそうだった。
(早く予鈴鳴れ、早く予鈴鳴れ!そうすれば、俺が話さなくても問題ないから!)
新山は心底願った。
 とたん、予鈴が鳴った。全員、押し黙った。チャイムは黙らせるだけのすばらしい力があるらしい。
「チャイム鳴ったし、教室行くか」
「先生に文句言われるの面倒だしな」
そして全員急ぎ足で教室へ向かった。新山はホッと胸をなでおろした。
 同時に、自分のふがいなさにガッカリもした。
(こんな俺って、ダメ人間だよなぁ…)
いつもはグループの先頭を歩いているのに、半ばあたりを歩きながら思った。
(男なんだから、自分が『違う』と思うのなら『違う』って言わなきゃ。イジメの片棒担いでどうすんだよ)
考えれば考えるほど、自分はダメな人間に思えた。いつになく胸の中に悲壮な思いが充満した。しかしそれを吐き出す勇気は無く、黙々と教室まで歩いた。ただ黙々と。
 すると思いはどんどん胸の中で膨らんでいった。ボンベで急いで空気を入れた風船のように。たった一日で爆発しそうなほどパンパンに膨らんだ。
 でも、やっぱり仲間に言えなかった。ひとりぼっちになるのはイヤだった。
 心の中に渦巻いた思いは、思わぬ形で外に吹き出した。
―新山が先頭に立って涼をイジめだしたのだ。涼に嫌われるのをわかっていて。―
(自分のやっている事が間違っているのは、わかっている。でも、こうする意外、方法は無いんだ)
新山は自分をニラむ涼を見つめながら心の中で言い訳した。そして一人になると、苦しさをはき出すようため息をついた。
 たった一つ、痛いながらも彼女の視線を独り占めしているという嬉しい誤算を噛みしめながら。

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