無い物ねだり
 村井はどこからでも高い確率でシュートを決めることができる。相手チームも点を取られまいと必死だ。
 ふいに、背後に気配がした。振り返ると、三年生でガードの井川がいた。
(お願い!)
私は心の中で言うと、マークしている戸塚の隙をつき、体を捻って井川へパスした。井川はしっかり受け取ると、ゴール左側脇へ回り込んだ。しかしシュートを撃とうとすると、すかさずガードの三人が壁をつくり出来ない。特に百七十五センチ近くある田中は立っているだけで圧迫感がある。長い手を伸ばして壁を作ればゴールが見えず、バックボードが少し見える程度だった。
(ここは私が行こう!)
即座に状況を判断し、パスを受け取れそうな場所…井川の後ろで、ゴールを取り囲むよう半円を描くスリーポイントラインの前まで走った。マークが前を阻んでも、するりと交わした。井川もすぐ私の動きに気づき、パスしてきた。
 ただ相手も、長い間一緒に練習してきているのでクセを見抜いており、またもマークに着くとドキッとるすような動きでボールを取ろうとした。私はそれをどうにか交わすと、ジャンプしてシュートが打てる、白線で仕切られたゾーンの中へ切り込もうとした。
 だがそれは、フェイク。ガードの猛攻を交わすため一歩左へ動けば、額の前でボールを構え、ゴールへ向けて弾くよう放った。
(入れ!)
バスケットボールが空中でキレイな放物線を描き、ゴールのリングへ向かって落ちていく。周りはシーンとなり、石像のように固まって見ていた。
 次の瞬間、ボールはボスッと鈍い音を立ててネットに収まった。ネットをすり抜け真下へ落ちれば、胸は小さな達成感と誇りに満ちた。
「ナイスシュート、漆原!」
村井を筆頭に、同じチームのメンバーや見学している他の部員が讃辞を送ってくれた。レギュラーメンバー入りしているからシュートを決めて当然だが、ほめられると、やっぱり嬉しかった。ヤル気も増した。


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