無い物ねだり
「速攻!」
マークを振り切った村井が、引っ張るよう敵チームのコートへ走る。私はドリブルをし、一人を抜いて追いかけた。村井が振り返れば、パスを放った。パスは直線を描き彼女の手の中に収まった。
 相手チームは電光石火のような素早い動きについて来れない。数秒送れて追いかけてくる。
 スピードが物を言うバスケットにとって、数秒でも送れるのは命取り。それを物語るよう、あっと言う間に村井から井川へパスが渡り、ゴール下についたとたん、再びパスを受け取った村井が華麗なシュートを決めた。
 私達のコートから戻り損ねた相手チームはゴール下の守備が手薄になっていたのだ。マークのついていない身軽な村井先輩でなくとも、余裕で決められる状況だった。
 村井先輩のシュートが決まると、戸塚だけじゃなく相手チーム全員、固い表情になった。追加点を許した事が許せないのだろう。
「ドンマイ、次がんばろう!」
相手チームの副キャプテン三好が、チームメイトを励まし空気を盛り上げようとする。するとチームメイトの表情は和らぎ、みんな『がんばろう』とうなずいた。瞳には闘志がみなぎっていた。
 ふいに、そとからザーッと言う音が聞こえてきた。暑いので換気のために外へ通じる鉄製の扉を全開で開けているのだが、見れば、外はバケツをひっくり返したような激しい雨が降っていた。
「天気予報で降るって言ってたっけ」
「大当たりだ!傘持ってきてよかった」
「私、持ってこなかった!帰りまでに止むかなぁ…」
ちょっとしたハプニングに、みんな練習そっちのけで、ざわめきだした。誰も濡れて帰りたくないのだ。
「はい、みんな。今は練習中よ。集中して行きましょう」
「は、はいっ!」
「大丈夫。日頃体を鍛えているあなた達なら、ちょっとくらい雨に濡れたって鼻風邪もひかないわ。それにこの降り具合、夕立よ。きっと帰りまでには止むと思うわ。安心して」
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