無い物ねだり
監督の恩田先生は手をパンパンと打ち合わせた。ざわめきはすぐに収まり、皆気を引き締めると練習試合を再開するために、コートを囲む白くて縦長のラインの外側に立った選手を見た。私とは敵チームの選手で、二年生の山之内だ。
 皆が練習モードに入ったのを確認すると、山之内はボールをコートの中へ投げ入れるため、視線でパスするチームメイトを探した。見当を付けると頭の上へ持ち上げ、スローインのポーズに入った。敵チームである私はさらに得点を上げようと、マークしている相手の動きに注意しながら、山之内の動きを注意深く見守った。隙あらばマークをやめ、ボールを奪いに行くつもりだった。
 するとふいに、サッカー部が体育館の入り口から駆け込んできた。全員上半身がずぶ濡れで、頭にスポーツタオルをかぶり、肩にスポーツバッグを掛けていた。一年生は何人かサッカーボールを持っていて、三年生を先頭に列を作り二階へ続く階段へ向かった。
 外は大雨が降っているので練習できないのだろう。それで今日の残り時間は二階の空いているスペースを利用して、練習する事にしたに違いない。
 ただ空いているスペースと言っても、壁から手すりの着いている場所まで五メートルの幅がある。それが体育館を一周している。場所にあったメニューを選べば、けっこうな練習ができる。
 私は練習中であるのを忘れ、思わず新山の姿を探した。列の前方にいるのを見つければ、おもいっきりニラんだ。すると私の殺気に気づいたのか、新山が突然振り返った。私の視線はかなり鋭かったようだ。
 新山は私の姿を見つけるなり、負けじとニラみ返してきた。ニラむのに集中するあまり、後ろを歩いていた部員と軽くぶつかってしまった。
「漆原さん、集中!」
「あ、はいっ!」
しかし、私も戸塚に注意されてしまった。おあいこだ。やむなく練習試合に意識を集中させた。新山の視線が突き刺さっているのがわかったが、どんなに悔しくてもサボるワケにいかないので無視した。
 


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