無い物ねだり
 彼女の出現に、教室中がザワザワとざわめいた。窓際の席にいるクラスメイト何人かとしゃべっていた新山は、驚いた表情で彼女を見た。しかし周りにいた男友達に『やったじゃん』と冷やかされ肘でこづかれると、ニヤリと笑った。寄りかかった窓辺から立ち上がれば、呼び出した女子生徒の元へ足早に歩いていった。
 二人は二言三言言葉を交わすと、出ていこうとした。彼らの話に意識を集中させ拾った言葉は、『話しがあるの』と『校舎裏』だった。内容から推測して、女子生徒は新山へ告白しにきたに違いない。
 私が呼吸を止め様子をうかがっていると、新山は出ていく寸前で足を止め、こちらを見た。視線が合うと、バツが悪そうに目をそらした。
(えっ…?)
見慣れない様子に、私はすごく驚いた。
 しかし彼女に『行こう』と促された新山は、素直に廊下へ出た。もう一度振り返れば、足早に歩いていった。
 気が付けば、私は一部始終を食い入るように見ていた。勉強もまったく手に着かない。あまりのショックに眠気はフッ飛び、失神してしまいそうだった。
「あの女子、C組の片平奈々だよな。チョー可愛くねー?」
「チョー可愛い!学校一、可愛いって噂の美少女ぶりは本当だ!」
「いいなぁ、新山。呼び出されたって事は、コクられるって事だろ?俺も可愛い彼女欲しい!」
「じゃあ、新山レベルのトークテクニックと、コーラ一気飲みに匹敵する一芸が必要だな。話術と一芸なくして女心はつかめん!」
「そりゃ大変だ!新山様が帰ってきたら、早速御教授願わないと。夏休みまで間に合わない!」
新山とつるんでいる男子生徒達は、大いに盛り上がった。いや、彼らだけじゃなく、クラス中の生徒が盛り上がっていた。異性に興味を持つ年頃だけに、当然と言えば当然の反応だった。
 落ち込んでいるのは私だけ。それはとても変だった。



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