無い物ねだり
 盛り上がらないにしても『イジメっ子のくせに、モテるなんてズルい』とか、『うらやましい。私もイケメンからコクられたい!』とか思うのが普通のはず。まるで頭から冷や水を浴びせられたかのようにショックを受けているのはおかしかった。
 だが悩む暇もなく、私は二撃目をくらった。帰ってきた新山は親友に問いつめられながらも、嬉しそうにニヤリと笑ったのだ。
「どうなんだよ、片平奈々と付き合うのかよ」
「…まあ、な」
「マジ?クッソー、悔しいなあ!」
私は一瞬、心臓が止まった。失神もした。椅子に座っていなかったら、きっと今頃白目をむいて床の上に倒れていただろう。それぐらい、ショックだった。
 その日、それから後の事はほとんど覚えていない。勉強時間もホームルームの時も、部活の間もボーッとしていた。私は生きる屍だった。
「…ちゃん、涼ちゃん。どうしたの、どこか具合悪いの?」
「えっ?」
「今日はぜんぜんしゃべらないし顔色も悪いから、具合が悪いのかと思って」
「ううん、ボヤッとしていただけ」
「そう、だったらいいんだけど」
返事はしたものの、風亜はとても不安そうな顔で私を見ていた。チームメイトも同じように。私は気の利いた言い訳も出来ず、崩れ落ちそうになるのを必死に耐えるばかりだった。
 ボーッとしているのがいけなかったのか、今日は怖いくらいシュートが決まらなかった。いつもなら、ほぼ全部決まる並のジャンプシュートでさえ、四本に一本しか入らない。得意のスリーポイントシュートなど、一本も入らなかった。
(どうしよう。このままじゃT大附属を倒すどころか、初戦さえ勝てないかもしれない…)
突然やってきた初のスランプに、ひどく打ちのめされた。まだ日中の事件から立ち直っていないのに、どうしていいかわからなかった。
 やっとの思いで部活を終え家に帰ると、その夜はお風呂にも入らず、夕飯も食べず、自分の部屋へ駆け込んだ。食事は喉を通りそうになかったし、すごく泣きたかった。
 着替えもせずベッドへ倒れ込めば、涙が噴水のように溢れた。どんどんどんどん溢れた。
「うわぁん!うわぁん!」


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