無い物ねだり
そして止めたいとも思わなかった。私は心の底から泣き続けた。携帯電話には風亜から『大丈夫?』と心配しているメールが何本も来たが、返事を返せなかった。惨めな自分を立て直すことで精一杯だった。
 失恋した日、新山に憧れていたと初めて気づいた。
 彼を好きだと気づいた。
 あんなにイジめられていたのに、新山の事が『好き』だったのだ。最悪な展開だ。
 しかし今さら何も出来ない。新山は片平奈々のもの。気づくのが遅すぎた。
 それだけに、ショックは大きかった。
(どうして今頃気が付いたの?もっと早くわかっていれば、アプローチだって出来たのに。イジメられてもイジメ返すんじゃなくて、他の方法をとれたのに!)
悔しくて、また泣けた。そして生まれて初めて、誰かになりたいと思った。『片平奈々になりたい』と思った。彼女になれば、新山に好きになってもらえるから。
(どんな卑劣な方法でもいい。あるなら教えて欲しい。教えて欲しい!)
枕の端をきつく握りしめ、さらにワンワン泣いた。涙が枯れ果てるほど泣き続けた。
 泣いて泣いて泣いて泣いて。いったい何リットル涙を流しただろう。枕はグショグショに濡れ、気持ち悪くて床へ放り投げた。制服は体が窮屈で、床に脱ぎ捨てパジャマを着た。ハンガーには掛けなかった。掛ける元気が無かった。
 急にトイレへ行きたくなり、その時だけ部屋を出た。トイレに入る前、母と会ったが何も言われなかった。用を足し枕代わりのバスタオルを持てば、再び部屋へ帰った。
 そして、また泣いた。海ができるんじゃないかと思うくらい泣いた。
 そのうち、悲しいと思いながらも『しょうがないから前向きにがんばろう』と考える自分も現れた。落ちるところまで落ちたのが、よかったらしい。
 午前三時。泣き疲れた私は吸い込まれるように眠りに落ちた。その眠りは深く、夢も見なかった。
 ようやく休息が訪れた。


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