無い物ねだり
ただ、ぜんぜん食欲は無かった。突然おなかが空くと困るので一生懸命食べたが、味わう余裕はなく、無理矢理口の中へ押し込んだだけ。どれも味は感じなかった。砂を噛んでいるようだった。
 食べ終わると歯を磨き、携帯電話をチェックした。昨晩何度も風亜からメールが来ていたが、返信出来なかった。ショックで泣くことしか出来なかった。
 風亜から来たメールを開いて見ると、内容は全て『心配しているよ、大丈夫?』だった。さっき来たメールには『今日の朝、迎えに行くよ』と書かれてもいた。
 私はメールを打たず電話した。風亜はすぐ出た。かかって来るのを待っていたに違いない。
「おはよう、風亜」
『お、おはよう涼ちゃん。大丈夫?』
「昨日の夜は、ゴメン。電話もメールもできなくて」
『ううん、気にしないで。それより、体調はどう?昨日、すごく具合悪そうだったでしょ?迎えに行こうか?』
「もう大丈夫。だから迎えにこなくていいよ。こっち来たら遠回りになるし」
『無理していない?あたしなら元気だから、迎えに行くの平気だよ。一緒に行こう』
「無理していないよ。本当に大丈夫、一人で行ける」
『そう…わかった。じゃ、学校で会おう。気をつけて来てね』
「うん」
通話を切ると、携帯電話を二つ折りに閉じ、手で握りしめた。心の中で風亜に『ありがとう』と言えば、通学鞄の中にしまった。
 通学鞄と着替えの入ったビニールバックを持つと、家を出た。空は曇っていたが、湿度があるのかムシムシして暑かった。天気予報通り、午後から雨が降るのかもしれない。
 グズついた天気は、失恋で沈む気持ちをさらに盛り下げる。危うく部活へ行く気力を削がれそうになった。
 ジメジメした気持ちを吹き飛ばすよう小走りで走り出すと、すぐ肌が汗ばみ、不快指数が急上昇した。久々に坂道を上がるのも辛く、再び部活へ行くのを止めようかと思った。
 しかし学校に着くと正門の前で風亜が待っていてくれ、笑顔で出迎えてくれた。失恋で傷ついた心に、彼女の優しさが染み渡る。思わず涙が溢れそうになった。

< 55 / 214 >

この作品をシェア

pagetop