無い物ねだり
 それをガマンし、出来るだけ笑顔を作って『おはよう』と言った。すると風亜は嬉しそうに『おはよう』と返してくれ、ホッとした。
 これ以上、風亜に心配をかけたくなかった。
 体育館へ行くと、すでに来ていた同じ三年生部員が『大丈夫?』と声をかけてくれた。ただ一部は『うかうかしていると、レギュラーの座を奪うから』と宣戦布告の視線を向けている気がした。あまり寝ていないから、そう感じたのかもしれないが、気の持ち方次第で上がりも下がりもしそうだった。
 いつも通りランニングやストレッチをこなすと、ジャンプシュートの練習に入った。しかし、これまでのように決まらない。昨日に引き続き、はずしてばかりいた。
(負けるワケにはいかない。なんとしても調子を戻さなくちゃ!)
リングに弾かれたボールを見てヘコみそうになるが、あきらめずに何度もトライした。すると汗を流した分だけ、気持ちが晴れやかになった。問題と真正面から向き合う勇気が沸いてきた。
 そして朝練を開始して二十分くらい経った頃、一年生のパス練習を見ていてハッとした。
 彼女は中学生になって始めてバスケット部に入った。小学校の時は、バスケットは体育の授業でしかやった事がない。経験数が格段に少ない彼女は、入部当初、ドリブルもパスもシュートもヘタで、内容に関係なく与えられたメニューをこなすのがやっとだった。
 ところが三ヶ月経った今、見違えるほど上手くなっていた。パスは状況を見て適切な相手へ渡せるし、ドリブルもスピードに乗ってフラフラしない。体の動きも良く、シュートは基本のショットを高い確率で決められるようになった。
―沢山練習したから、うまくなったのだ―
(練習、か)
曇っていた頭の中が晴れ渡っていく。
(沢山練習すれば、ウマくなる。…ああ私も、バスケットを始めた時は、あの子と同じだった。すっごくヘタで、でも上手に出来る先輩のようになりたくて、居残り練習したり、必死に先輩の動きを観察したり、マネしたんだ。だから小学三年生の新人戦の頃には、周りの人がビックリするくらい上手くなったんだ)
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