無い物ねだり
風亜は私の背中をポンとたたくと、さっさと歩き出した。私は彼女を追いかけ、追いつくと同じ歩調で歩き出した。教室に行けばみんなに笑顔で『おはよう』と挨拶し、自分の席に着いた。
 持ってきた教科書やノートを机の中に入れていると、急に時間が気になった。顔を上げ黒板の中央真上に掛けられた時計を見れば、午前八時二十分だった。今日もたぶん、あと五分くらいで新山が来る。
(今日は、片平さんと登校してくるのかな…)
思うと、胸がズキッと痛んだ。治りかけの傷が今にもパックリと開いて、血がダラダラと流れそうだった。
 私は頭をブンブンと左右に振って考えを打ち消した。過去を振り返っても状況は良くならない。後悔ばかりしたくなる。
(前に進むって決めたんだ。一回の失恋くらいで弱気になるな。まだチャンスはある。さあ戦うぞ!)
私は自分にカツを入れると、再び教科書やノートを机の中に入れた。
 とたん、ドアのガラッと勢いよく開く音が聞こえた。
「おっはよー!」
「・・・!」
新山の明るい声が聞こえた。ドキッとして前の出入り口を見れば、新山を前に、その後ろに片平が立っていた。今日も片平さんは人形のように色が白くて可愛かった。
 私は軽くショックを受け目をそらした。再び頭をブンブン振ると、入れようとしていたノートをギュッとつかんだ。
(前に進むんだ、前に進むんだ!)
新山は片平と別れると、ニヤニヤした笑顔の親友達が待ち受ける自分の席についた。
「よお、新山。今日から同伴登校か。チョーうらやましいっ!」
「うらやましがるようなもんじゃねぇよ」
しかし新山は、珍しく不機嫌な顔で机の上に鞄を置いた。日に焼けた眉間には、深く縦皺が刻まれている。振り返れば、その顔で私を見た。真正面から見ると、まるで仁王像のようだ。私は不愉快な気分になり、キッチリにらみ返した。傷心まっただ中だから手加減気味にいこうと思ったが、腹が立ちできなかった。

< 59 / 214 >

この作品をシェア

pagetop