無い物ねだり
(さあ、かかってきなさい。負けないからっ!)
ところが新山はそれ以上何もせず、視線をそらすと席に着いてしまった。
(反撃して、こないの?)
肩すかしをくらい、驚いて彼の背中を見た。きれいにアイロンがかかった白い半袖のワイシャツは、夏の蒸し暑い空気をさわやかに感じさせるばかりで嫌悪感を感じない。これまでの日々さえ、白紙にしてしまいそうだ。
 そしてその後、いくら待っても新山は反撃してこなかった。顔を向き合わせて座る理科の授業でさえ目をそらし、授業に集中していた。
(彼女が出来ると、こうも変わるものなのかな?それとも、片平さんがイジめている現場を見て、『それは良くないわ、やめて』って注意したのかな?)
ホッとした反面、気味が悪かった。
(まあ、これで勉強に集中できるんだから、いいか)
考え方を変えれば気分が少し良くなった。ただ、心の底からは喜べなかった。
 放課後、部活をするため教室を出ると、外は雨模様だった。傘無しでも出歩けそうな小雨だが、空は真っ黒な雲に覆われていて今にも大雨になりそうだった。
(サッカー部は、また体育館で練習するのかな…)
新山には失恋したばかりなのに、なんだか嬉しかった。
(や、やだ。喜ぶな、私。今は大会前なんだから、ウキウキしている暇はない!)
思いを打ち消そうと、頭を左右に振った。
 いつも通り部活を始めて間もなく、案の定、サッカー部がボールを持って体育館へやって来た。バスケット部とさほど変わらない時間にやって来た事からして、外では全く練習していないに違いない。
 新山は二階へ移動中、いつものように私をチラリと見るとニラんだ。だが私は心とは裏腹にプイッと明後日の方を見て軽く視線を払いのけてやった。恩田先生の手前、モメるわけにいかなかった。
 一時間ほどランニングやパス練習をすると、休憩時間に入った。その間、二階のスペースを利用して練習に励む新山の様子をチラチラ眺めた。練習に集中している彼は、私の視線にぜんぜん気づかない。こちらのやりたい放題だ。



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