無い物ねだり
 たった一人で練習するのはちょっと寂しかったが、人目を気にせず出来るのは良かった。焦りを強く感じている今、たとえ同情の視線でもプレッシャーだった。ない方がノビノビできていい。
(この調子でいけば、テスト前の休みの間に部活動が出来なくても、自主トレで回復できそう)
明るい兆しの訪れにホッとため息がもれた。鉄カゴの中のボールを全て使い切り空になったので拾い集めれば、自然と笑顔になった。
 だからだろう、私を二階から見ている人がいるなど少しも気づかなかった。
「ガンバってんな。日中、具合悪そうだったのに…」
ほめているなんて、もっと気づかなかった。その人は、新山一成だったから。
 知ればきっと、動揺で何も手に付かなくなるだろう。私が調子が悪そうにしているのを心配して様子を見に来たとわかれば、心の傷がまだ癒えていないから、混乱してしまうだろう。
 私の気持ちに気づいていない新山は、私がひたすらスリーポイントシュートを撃つのを、黙って見ていた。ずっと見ていた。
 ずっと、食い入るように見ていた。愛しそうに…
 帰ったのは、私の後だった。それでも私は気づかなかった。太陽のように明るい彼が、まるで新月を迎えた月のように闇と同化していたから。
 それくらい、新山はひっそりとしていた。
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