無い物ねだり
風亜は心配そうな顔で私の気持ちを代弁した。彼女は私が負けず嫌いな事を知っているから、無理しそうで不安なのだ。
「涼ちゃん、あんまりがんばらないでね」
「…何で?」
「新山君のイジメ、ぜんぜん収まらないでしょ。でも涼ちゃんはバスケの練習時間が長くなってきているから、心だけじゃなく体も大変だと思うんだ。がんばりすぎたら壊れちゃうよ」
「・・・」
「辛くなったら、逃げてね」
「・・・うん」
「約束だよ」
「・・・わかった」
私は大きくうなずいた。
 ただ心の中では『絶対逃げない』と思っていた。風亜に心配をかけたくなくて本音を言わないだけだった。
 いつものように友人などのネタで会話を交わしながら廊下を歩き階段を上ると、教室へ向かった。先に風亜のクラスに着けば手を振って分かれ、隣にある自分の教室へ入った。 目があった順にクラスメイトに『おはよう』と挨拶し、廊下側から二列目にある自分の席に座る。誰も無視せず、ちゃんと挨拶してくれた。女子ばかりだが。
 黒板の中央真上にかけられた丸い掛け時計を見れば、八時二十分だった。新山は玄関に着いた頃かもしれない。
 再び緊張感が高まった。
 手提げ鞄の中から教科書やノート、ペンケースを取り出し机の上に置くと、再度『負けない』と誓った。特に今日は理科の授業があり、実験をする予定だ。実験の時は必ず班で行動しなければならないので、必要以上に気合いがいる。
 なぜなら皮肉にも、イジめられている新山と私は同じ班だった。五人編成なので残り三人は良い迷惑だろう。他の人の気持ちには十分気が付いているが、授業中一回は激しくぶつからずにいられない。誰も助けてくれないし。
 だから、気合いがすごく必要だった。
 一人黙々と机の中にノートや教科書をしまっていると、突然ガラッと音をたてて教室のドアが開いた。

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