無い物ねだり
第十章
 期末テストが終わると、夏休みまでの二週間は飛ぶように過ぎていった。朝練開始に合わせ午前六時三十分に家を出ると、帰って来るのは午後九時。全国大会へ向けさらに練習量が増えたので、終了時間は午後七時から午後八時三十分へ延びていた。
 そんなわけで、音楽番組どころかドラマさえもロクに見る暇はなく、まさに家には帰って寝るだけの生活を送っていた。
片平に嫉妬を含んだ視線を浴びせられ、精神的に追いやられているせいもあるだろうが、日に日に疲れは溜まっていった。睡眠時間と休憩時間が足りないらしい。
 授業中も寝ている事が多かった。いくら起きようとしても自然とまぶたが閉じ、眠りの国へ旅立ってしまう。
(全国大会が終わったら、バッチリ復習します。今は許して下さい…)
赤点を免れた私は、とても自分に甘くなっていた。崖っぷちにいることも忘れていた。
「寝てばっかりいたら、二学期の中間テストはボロボロだろうな。その点、俺たちサッカー部は楽勝だ。ちゃーんと起きて先生の話しを聞いているし、ノートも取っているからな」
すると斜め前に座った新山が嫌味を言った。明らかに全国大会出場を妬んでやっている。私はひどく腹が立ち、ガバッと起きるとニラんでやった。眠気もフッ飛んだ。
「今は練習で忙しいの。全国大会が終われば通常モードに戻るから、ゆとりが出来るわ。そうしたら、全部取り戻して見せる」
「へっ、強がって。泣きを見なきゃいいけどよ」
「新山君こそ、女にうつつを抜かしておろそかにならなきゃいいけど。油断していると、墓穴を掘るわよ」
ふいに新山はハッとして視線をそらした。窓際の席にいる親友の進藤は、突然の攻撃停止に驚き、目を丸くした。
 やはり片平と付き合いだしてから、新山はおかしかった。今までの荒々しさが成りを潜めかけている。
(まあでも、これで少し平穏な日々を送れるんだから、ラッキーと言えばラッキーか)
嬉しい反面、なんだか寂しかった。白い半袖ワイシャツを着た背中が遠く思えた。



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