無い物ねだり
「おっはよー、みんな!今日も元気ぃー?」
やたら明るい声が教室中に響き渡った。その声にビクッと体を震わせ入り口を見れば、日に焼けた黒い顔の男子が入ってきた。私はその顔に再びドキッとした。
 『新山一成』だ。
 掛け時計を見れば、八時二十七分。今日もほぼ予定通りの登校だ。
 サッカー部に所属している新山は、プレーにジャマにならないよう髪を短く切り、前髪を立てていた。少しタレ気味でくっきり二重の目は、笑うとさらにタレて人なつっこくなる。テンポの良いジョークを飛ばせば、私とさほど替わらない身長でガッチリした体がオーバーリアクションになり、側で見ているクラスメイトがドッと笑った。すると遠巻きに見ていたクラスメイトが『何だろう?』と寄ってくる。気が付けば、彼を中心に大きな人の輪ができていた。
 新山はいつも人の輪の中心にいて、みんなを大爆笑させていた。無口で無表情な私とは、正反対の人種だ。
(あんな風になれたらいいのに。クラスのみんなと、もっと仲良くなれるだろうに…)
思うと、彼を憎く思う前に、ちょっと悲しくなった。性格は簡単に直せないから。
 しかし新山と目が合った瞬間、悲しみが憎しみに変わった。思わず心のまま、ジロリとニラんだ。すると彼もニラみ返してきた。とたん、教室中の空気が張りつめた。誰も止めようとしない。早くも戦闘開始だ!
「はい、おはよう。ホームルーム始めるから自分の席について」
張りつめた空気を壊すかのように、聞き慣れた男性の声が教室中に響いた。
 午前八時三十分。コンコンをドアを二度ノックし担任が入ってきた。いかにも先生らしく、落ち着いた髪型をして、白い半袖のワイシャツに、グレー色のズボンを履いている。威厳に満ちた姿に、クラスメイトは蜘蛛の子を散らすよう自分の席へ戻った。新山も視線をそらすと、ゆっくりと自分の席へ行き椅子の後ろに立った。
 私は彼の背中をじっと見た。まだ油断できない。いつ攻撃をしかけられるかわらない。周りにいるクラスメイトは、固唾を飲んで様子をうかがっている。いつもこのあたりから再び戦いが始まるからだ。





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