無い物ねだり
太ももの横で握った右手の拳を開くと、右斜め後ろへ引いた。私を殴って有頂天になっている片平を叩き返してやろうと思った。
「アンタ、何様のつもりだよ!」
ドスのきいた声で言い、怒りの限りニラんだ。片平は少し眉をひそめた。ビビったらしい。しかし私の怒りは収まらず、思いのまま片平をブチのめしてやろうと思った。
 その時、賑やかな話し声が聞こえてきた。ハッとして耳を澄ますと、同級生の女子バスケット部員のものだった。早々に食べ終わり、もう準備をしにやってきたのかもしれない。
 われに返った私の頭の中に、恩田先生の厳しい表情が浮かんだ。問題を起こさないようにと釘を刺された時のものだ。
(今問題を起こせば、全国大会に出られなくなるかもしれない。…それは絶対ダメ!)
自分のせいでみんなが悲しい思いをするのはイヤだった。私は肩のところまで持ってきた手を、ギュッと握りしめておろした。腹の中は煮えくりかえるほどの怒りで満杯になり、体がブルブルと震えたが、奥歯が砕けそうなほど噛みしめてなんとかガマンした。
 片平は、勝ち誇った顔で見た。
「いくじなし!何が『泣き寝入りしない』よ。しているじゃない!あなた、口先ばっかりね!」
「・・・」
「あら、ダンマリ?ああ、私の言った事、やっと理解したのね。赤点ギリギリの点数しか取れないんだもの、わかるまで時間がかかってもしょうがないわね」
「・・・」
「じゃあ、今日限り新山君には関わらないでちょうだい。関わったら、またブツわよ!おとなしくしていることね!」
片平はきびすを返すと、さっそうと去っていった。私は彼女の後ろ姿をじっとみつめながら、殴り殺したい衝動を必死におさえようとした。
(あの大勘違い女…フザけんな!ガマンしてやっているのに、『泣き寝入りしている』とか言いやがって。『頭悪い』って言いやがって。『ブス』って言いやがって!バスケットやっていなかったら、袋だたきにしているところだ!)
目をきつくつぶると、ギリギリと奥歯をかみしめた。


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