無い物ねだり
 新山の席は、私の席の右斜め一列手前にある。二度目の攻撃は必ずここ、彼が通学鞄に使っているナイロン製のリュックとスポーツバッグを机の上に置くと始まる。
 案の定、バッグ類を机の上に乗せると、見下すような目で後ろを振り返った。担任の先生がホームルームを始めようと黒板の前に立っているのに、かまう様子は無い。
(良いわよ、いらっしゃい!)
私はキツくニラみ返した。
 しかし彼は何もせず前を向いた。暴言を吐く気配すらない。バッグ類を机の左右に一つずつかければ、出欠確認で名前を呼ばれるのを、右手で頬杖をつき待っていた。
(なんだ、つまらない)
肩すかしをくらった私は、せっかく燃やした闘志が無駄に終わってしまい、ガッカリした。
「あっ…!」
しかし、ある事に気づき思い直した。
(今日の一時間目は理科。新山は真正面で向き合う瞬間を待っているんだ。ガチンコ勝負の方が、やりがいがあるもんね)
新山の、キレイにアイロンがかかったワイシャツの背中を見て、再びメラメラと闘志を燃やした。
(望むところよ!)
机の下で密かに拳を握ると、心の中で宣言した。クラスメイトは私達の静かな様子に、ホッと一息ついていた。
 そんな時、一人の美しい女性の顔が浮かんだ。小さな卵形の顔で切れ長の目をした、三十才くらいの女性だ。
(新山君とモメているのを見たら、また怒るんだろうな…)
そう思いつつも、戦うことをやめようとは思わなかった。負けるみたいでイヤだった。
 ホームルームを五分ほどで終えると、予定通り授業を行うため、同じ階右端にある理科教室へ移動した。
 室内は、南向きに窓があって日が沢山入るため、とても暑い上に蒸していた。カーテンは全て閉められていたが、今閉めたばかりなのか、ぜんぜん涼しくない。
 私はラッキーな事に廊下側の席なので、日陰になる分かなり涼しかった。席が窓側の生徒は丸椅子や机が熱を持っているので、窓と教室ドアを全開にしてもしばらくの間、暑そうだった。証拠に、下敷きをうちわ代わりに扇いでいた。



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