無い物ねだり
心に闘志がみなぎってきた。不安はある。ただ、手をこまねくだけでなく、やるだけの事はやろうと思った。
 すると、誰かの気配が近付いてきた。あたりを見回すと、恩田先生が一階に続く階段を駆け足で上がり、私達の目の前にやって来た。手にはビデオカメラを持っていた。
「人間の記憶なんてひどく曖昧よ。朝ご飯に食べたご飯やおかずがどんなふうに配置されていたか、ちゃんと覚えている?話せる?」
「い、いいえ」
「でしょう?」
「あの…このあと学校へ行ってミーティングしたいんです。悔しいけど、T大附属がすっごく強くなっていたから」
「すばらしくポジティブな考えね。よかったら、私が撮った映像を見ながらしない?あなた達をほったらかしてまでベストポジションで撮ったの。一見の価値はあると思うわ」
「はい、私見たいです!」
田中が元気に手を挙げた。
「私も。すごく見たいです!」
つづいてキャプテンの村井が言った。すると『私も』『私も』と手が上がり、あっという間に部員全員が手を挙げた。気が付けば、ギャラリー席にいた人々の視線は、私達に釘付けになっていた。
 しかし恩田先生は、それを恥じることなく満足そうにうなずいた。
「それでは急ですが、学校へ行ってミーティングをしましょう。お父さんやお母さんには私から説明しますので、ロビーへ集まるよう伝えて下さい」
「はい!」
私達は急いで一階へ降りると、続いて降りてきた父や母に先生の伝言を伝えた。ロビーに集まった彼らは恩田先生から学校への送迎を頼まれると、快く承諾した。試合の応援で疲れているだろうに、断る人は誰もいなかった。
 私達選手だけでなく、先生も親達もT大附属に勝つことを切望していた。優勝したいと思っていた。
 思いの強さを物語るよう、大人数ながらスムーズに学校へ移動した。あっと言う間に着けば、職員室で待機していた先生に視聴覚教室を開けてもらい、レギュラーメンバーを最前列に、三年生、二年生、一年生と奥へ座り、ビデオ上映会を行った。
 上映会は想像以上に熱を帯びた。











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