たとえばそんな静寂の中で
あたしはぐっと言葉に詰まった。あたしが借りようとした部屋は家賃7万円の駅から徒歩20分もかかるようなワンルームだ。オートロックにしようとしたら家賃が跳ね上がって諦めたんだった。

それに比べて、よくよく聞けばおねえちゃんが決めてきた部屋は駅から徒歩5分で、3LDKの新築で、家賃10万円でしかもねずみの大群がOKと来てる。

―あの不動産屋の親父、おねえちゃんの色気にやられたなー


駅前の不動産屋のやせて貧相な親父はめったに見れないような美人に頼まれて舞い上がったんだろう。聞かれてもないのに物件のファイルを積み上げる不動産屋のシルエットが容易に想像がつく。

あとから、いつも店の奥に陣取ってる黒牛みたいな奥さんにどやされなきゃいいけど。


とにかく破格の条件だ。


「本当に干渉しないのね」

「干渉干渉って、大丈夫。房枝が彼氏を連れてきたら私はうちを空けるから」


嫌味のひとつでも言ってやりたくなる。


―あたしより、自分のことを心配したら?-

あたしが口に出す前におねえちゃんは立ち上がった。そんな何気ないしぐさですら流れるように美しい。

あたしはおねえちゃんのペースに巻き込まれるようにして家を出た。
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