たとえばそんな静寂の中で
第ニ章

値踏み

「房枝~」

キャンパスを斜めに横切る芝生の向こうからあたしを呼ぶ声がした。
校舎の入り口の掲示板の前で手にしたプリントを大きく振りながら茜が叫んでいた。

「房枝~」

重ねて大きな声がした。

芝生をショートカットして自分のところに来いっていう意志表示。

当然、芝生は立ち入り禁止で、それを記した立て札も立ててある。

茜には悪気はない。ただ、自分が「こうしたい」と思ったことは我慢できない性質なのだと思う。

あたしはことさらにゆっくりとタイルの上を歩いた。

例年より遅くさいた桜も散りきって、目にすがすがしい青葉が枝先を彩っている。

白いタイルを埋めるように淡いピンクの花びらが敷き詰められ、時折、校舎と講堂の間を吹き抜けてくる風に乗って軽やかに舞っていた。

木漏れ日が少しだけ傾斜したこの道を歩くあたしのちょうど目の高さに差し込んできて、
あたしは目を細めて手にしたかばんで光をさえぎった。

校舎に続くたった3分の道程があたしは大好きだ。

だから、茜の声は聞こえないふりをして遠回りをした。
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