たとえばそんな静寂の中で
「お父様、お母様」

いつの間に入ってきたのか、おねえちゃんが重苦しい雰囲気の和室に隣り合った部屋で、こちらに背を向けたソファに座っていた。
回転式のソファをくるりと回して、ゆっくりと微笑んだ。
おねえちゃんがこの場にいるだけで、まるで風景の彩度が上がるようだ。

「紅実さん、いつの間に帰ったの?」

お母様があわてて、つと立ち上がる。

「ごはんは?もう手は洗ったの?」
「お母様、ありがとう。学会の帰りに教授がおいしい和食をご馳走してくださったの。
だから、お腹はいっぱいなの」
「まあ、じゃあ、何か甘いものでも」

肩をすくめて、おねえちゃんはソファから立ち上がった。
お母様はいそいそと立ちあがって台所へと向かっていった。
開けっ放しの台所で包丁をぬれぶきんで湿らせ、高級そうな水ようかんを切り分けているのが見える。

あたしがこの家を出ていこうとする話なんて、もうお母様の頭の中からはきれいさっぱり消え去っているに違いない。

多分、これから茶箪笥の奥にしまった取っておきの緑茶を取り出して、温度計できっちり60度計って最高のお茶を入れようとするんだろう。

・・・・おねえちゃんだけのために。

あたしはただのお相伴だ。

ーほら、予想通りー

お母様は調子っぱずれの鼻歌まじりに、茶箪笥の奥から美しい友禅で作られた茶筒を取り出していた。

< 4 / 27 >

この作品をシェア

pagetop