たとえばそんな静寂の中で
「1人暮らしじゃないわ」

ぼんやりと考え込んだあたしの肩に手を掛けておねえちゃんは言った。

「房枝と一緒の家に住むの」
「え?どういうこと?」

あたしは面食らって、おねえちゃんの手をつかんだ。
やわらかくて温かいソレは、あたしの遠い記憶をくすぐる。

「房枝が借りた部屋をキャンセルして、2人で住める部屋探したの。駅からも近いし。それに」
「ちょっと!そんな勝手に。紅実」
「それに、お家賃は10万円で私のお給料からだけで払える金額。房枝はアルバイト代をお家賃にあてる必要はないし、オートロックの女性専用マンションよ」

そのとき、お湯が沸騰してやかんの笛の音が台所中に響き渡った。

緑茶を入れるのに沸騰したお湯は熱すぎる。

お母様は温度計を手にしたまま、台所を走り出ておねえちゃんに何事かを訴えて、やかんの笛の音には気づいていない。



ーお母様はおねえちゃんだけが大事なんだー



雨雲のように湧いて出る感情を押さえ込むように、あたしは立ち上がる。
お母様の背中の後ろの茶箪笥からティーバックを取り出した。
お父様はお母様もおねえちゃんも無視して新聞を膝に置いて、読むともなしに眺めていた。

「お父様、お茶飲まれる?」
「ああ。熱いのにしてくれ」

あたしはポットにお湯を注いだ。

お母様のこだわりの緑茶ではなくて、紅茶のティーバックに。


お母様はもうお茶のことも水ようかんのことも忘れてる。

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