マジックストーン
ピアノの前に座った私の頭を撫でた神崎先輩は、近くに置いてあった椅子に腰掛けた。
私の大好きな曲――ノクターン。
静かに白と黒の舞台に指を乗せ、ポーンと一つめの音を出した。
例えば誰かの眠りを誘うように、あるいは一輪の花が柔らかい太陽に向かって咲くように。
一つ一つの音を部屋中にばらまいて、それに包まれる私は幸せ。
最後の一音を響かせてから、神崎先輩に視線をやる。
「――えっ、神崎せんぱっ」
な、いてる……?
「あっ……ごめん、優衣ちゃん」
「大丈夫ですか?」
神崎先輩に近づこうと立ち上がれば、片手でそれを制する。
「ピアノ、すごく上手だね。感動しちゃったよ」
また、だ。
……胸の奥がざわざわする。神崎先輩がそんな風に、辛そうに笑うから、また――
「――ごめん、俺、帰るね」
切なそうな、苦しそうな顔をして、一度、私を軽く抱きしめてから部屋を出ていった神崎先輩。
玄関がバタンと閉まった音が聞こえてから、私は再びピアノの前に座り、じっと白と黒を見つめるしかなかった。
やっぱり、神崎先輩、変……。
そう思っていても分かっていても、追いかけない私は一体――
――神崎先輩のこと、どう思ってるのかなあ