マジックストーン
「……ピアノですか?」
「ええ。祥也くんと夏祭りに行った次の日から、ピアノの先生が来たの。それから毎日、休むことなくピアノを弾いてたのよ」
それも難しい曲ばっかり、と優衣ちゃんが家出したのは当たり前だと言わんばかりに言葉を並べる彩織さん。
「……それでも、何も言ってくれなかったのは初めて……」
柱時計に目を遣った彩織さんは「優衣ちゃん朝からいないのよ」と心配そうにため息をつく。
だいたいの話を聞き終えた俺は彩織さんに一度頭を下げてから、家を飛び出した。
優衣ちゃんの行きそうな所なんて分かりそうもない。だからって探さないなんて考えられなかった。
コンクリートの地面を蹴る俺は生ぬるい風をきる。真夏の昼過ぎも相成って汗ばんだ背中にTシャツが張りつくのも気にせず走った。
気になる所を探す――はずだった。
ぴたりと止まった俺は真直ぐに伸びるコンクリートの先を見つめる。暑さで濃い灰色の上にはもやもやとした熱気が上がってる。
これじゃあ、優衣ちゃんに好きになってもらうのは無理だ。