マジックストーン

 私が保健室で彩織ちゃんに起こされるまでの間に、頭や頬を撫でられた感覚が残っている。

 そんなかすかなぬくもりを、夢だと思い込み、彩織ちゃんの軽自動車に乗り家路に着いた。

「今日、ピアノはいいから。寝ててね」

「……うん」

 ゆっくりと二階に上がりベッドに潜り込んだ。

 あーあ。
 ファーストキス、だったのにな。

 体を横にして口元まで布団を引っ張る。

 初めては好きな人とが良かったのに。

「………何で」

 口を開けば不満しか零れなくて、ぎゅっと布団を握り締めた。

 ゆっくりと瞼を閉じ、眠気の波に飲み込まれるのを静かに待った。

 心地よい温かさに包まれていれば、階下から甲高い声が響いてくる。

 少しずつ覚醒する中、バンッ!と勢いよく部屋のドアが開いた。

「お母さ――」

「優衣っ!!なぜ寝ているのっ!早退したならその分ピアノの練習しなさいっ!
まったく、ピアノの才能もないんだから練習くらいしなさいよっ!」

「……ごめんなさい」

「私はこれからニューヨークに飛ぶけど、きちんと練習するんですよっ!!彩織さんに電話しますからねっ!」

 金切り声で息継ぎもなく言い放ったお母さんは、すぐに踵を返して階下に降りた。


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