うらら!
「走る」


みずほは小刻みに震えながら引き裂かれてできたほつれたセーターの穴を修正するかのようにちまちまと合わせていた。



「走るから。
自転車の二人乗りだと捕まるし今補導されたらあんたの恰好見て事情聴取されると思うから。
とにかく、早く、早くだよ。走って」



彼女はどうしようと呟いたきりずっとあちこちに目をさ迷わせている。

大粒って言えるほどの涙が溢れだして私の腕に落ちて流れつたった。

それが私の腕につく絖りと光るものをゆっくり伸ばし、体中をひんやりさせた。


早くシャワーを浴びたい。



「話は後でちゃんと聞くから」



みずほが頷く前に私は彼女の濡れた袖元ごと手首をしっかりとつかんで走り出した。


久しぶりに地面を勢いよく蹴った。
元陸上部。地区大会までしか出れなかったけどそれなりに走りには自信があった。
多少のブランクはあるとはいえちっとも辛さを足に感じなかった。



早く、早く。

それだけ頭で考えて連れて引っ張る後ろのみずほのことも考えずにがむしゃらに私は狭い裏通りを走った。

季節は変わろうとしているはずなのにここだけ人が作り出した不気味な空気が蔓延して止まってしまっていた。

温い汗が首筋をつたった。

早くシャワーを浴びて、小汚なくなったみずほと今の現状をすべて洗い流してしまいたいと思った。

果たして綺麗に流れてくれるだろうか。

左手のひらにひんやりとするものを感じて、舌打ちをした。



それほどこの街がいりくんではいないとはいえ、なるべく人目につかないよう日陰の通りばかりを探してはジグザグに走った。


日陰にいるような連中ばかりが視界の隅に入ってきては通りすぎた。
途中笑われた気がした。ゾッとする。

ここは目付きも人相も悪い人間達の住処か。

心なしか猫まで恐ろしく見えた。


やかましく携帯に喋る中国人、黒塗りベンツの縦列駐車、不自然に並ぶスーツの男達、汚れたビルの地下にある開店する前の風俗店、何年も前から同じ恰好をしている老人、ティッシュばかりがつめこまれたごみ袋。

疲れたとしても決してこの街では立ち止まりたくなかった。
どいつもこいつも袋小路にだけは追い詰められたくないような輩ばかりだ。


自然と生唾を飲み込む。



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