【短編】雪うさぎ
まさか、2週間後

父親の海岸赴任が迫っているなんて

その時の俺は夢にも思わなかった。


別れの日の朝は見事な青空で

2月にしては気温も暖かかった。

俺はうさぎの手をずっと握っていた。

最後の別れの瞬間まで離したくなかった。


「約束守るよ。きっと帰ってきてうさぎを護るね。
絶対に泣いちゃだめだよ。」


苦しい胸の内を打ち消すように笑顔で言葉を紡ぎ出す。

うさぎが切なげに瞳を潤ませながら「待っている」と、必死に笑顔を作る姿がいじらしかった。



車がゆっくり動き出し繋いだ手が離れる。


車がスピードをあげてゆく。


窓から身を乗り出し、うさぎの瞳を追う。


もうすこし、瞳に焼き付けていたい。


目を開いている事が痛いくらいの銀世界の中

立ち尽くすうさぎは

舞い降りた天使のように可憐で美しかった。


やがてその光の中に

吸い込まれて消えていく

最後の瞬間まで

俺はうさぎの姿を見つめ続けていた。


柔らかな冬の日差しが

降り積もったあの日の雪を溶かしている。

ふたりで作った雪うさぎも

今は形すら留めていないのが


悲しかった。



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