准教授 高野先生のこと

ドアを閉めた瞬間――

気のせいだろうか?真中君の表情が一瞬固まったように見えた。

「真中、君?」

「あ、いや……並木先生んとこと違って高野サンんとこは片付いてるなって」

「並木先生ってものぐさ大王だもんねー」

秋ちゃんがあははははーと暢気に笑う。

様子が変だなって思ったのは気にしすぎ?私の単なる気のせい?

今日の私は確かにちょっと神経過敏の自意識過剰かもしれない。


「秋谷さんは本当に久しぶりだね」

「本当に。だって最後に会った時はこんなお腹じゃなかったですからね」

旧姓で呼ばれて秋ちゃんはすごく嬉しそう。

先生はそれをわかっていて、わざとそう呼んでいるに違いなかった。

だって今日の秋ちゃんは夏川夫人でも23歳のプレママでもない。

文学研究にしのぎを削る秋谷真樹ちゃんなのだから。

先生って信じられないような失言はするし笑いをとるのも下手だ。

けど、意外とちゃんと人を見て気持ちを察した振る舞いもできるのだ。



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