准教授 高野先生のこと
「本当に大切なのは戦うことではないと思うのです。
大切なのはいつでも戦えるだけの十分な知力と体力を蓄えることだ、と。
そんなふうに僕は思うんですよ。
十分な知力があれば、無益な争いを回避する解決策を見出せるかもしれないですよね。
十分な体力があれば、粘り強く防御に徹して身を守り敵を退かせることができるかもしれません。
戦いを避けようとする者を意気地なしや弱虫とそしる人もいます。
けどね、そんなのはね、言わせておけばいいんです。
捨て置いてしまってかまわないんです。
負けるが勝ち、なんてことも往々にしてあるものですからね。
もっとも、僕らがしのぎを削る文学研究の世界に限っていえば、勝ち負けとか白黒とか完全にはっきりつけることなんて出来ないとも思うのですが。
僕もまだまだ駆け出しなんで巧いこと言えなくてすみません……。
ただ――
大切なのは相手を黙らせることではなく、相手をあっと言わせることじゃないか、と。
カッコつけた言い方をすれば――
求めるべきは、降伏を表す白旗や屈服を示す沈黙ではないのだ、と。
賛辞を呈する拍手や共感を示す握手だなのだ、と。
そりゃあね、この業界も色々な人がいます。
どうしても勝ち負けに拘る人もいます。
ばっさばっさ斬ることに躍起になっている人もいます。
文学研究の醍醐味ってどういうところにあるんでしょうね。
ときどき僕は自戒するんです。
論ずることのおもしろさとか楽しさを忘れてはいけないな、と。
僕が言いたいこと、なんとなく伝わりましたよね?
真中君、詩織さん、秋谷さんも、ね」