准教授 高野先生のこと
「実を言うと、僕はとても心配なんです。
彼女が……詩織さんが押しつぶされてしまうのではないかって。
なにしろY大の国文学研究室はああいうところですから。
それでもね、並木先生が来られてからは随分と雰囲気が良くなったほうなんですよ。
僕が学生の頃は今とは比較にならないほどギスギスしていましたからね。
もう昔の話だから言ってしまいますが……。
自殺未遂するくらい精神的にギリギリまで追い詰められた男の先輩もいましたし。
プレッシャーとストレスで体をこわして、ガリガリに痩せてしまった女の先輩も。
そんな中で僕がやってこられたのは同期に恵まれたからに他ならないんです。
森岡と田丸のことですね。
田丸は札幌なんで、秋谷さんは向こうで会ったことがあるかもしれませんね。
僕はね、あの二人がいなかったら完全に人間不信に陥っていたと思うんですよ。
なんというかまあ、当時はそれくらい人間関係的には劣悪な環境だったわけです。
正直、今日の沼尾君との話を聞いて、僕はかなり不安になっているんです。
プライドをひどく傷つけられて彼はかなりおかんむりでしょうからね。
そして沼尾君は皆さんもご存知のとおり、ああいう性格の人物です。
こう言ってはなんですが、はっきり言うと、どんな報復手段に出てくるのか、と。
本当に、気が気でないんです。
だって僕は、そのとき彼女のそばにいてあげることも、助けてあげることも、現実的には難しい状況にあるわけですから。
だから――
真中君には、秋谷さんの分だけでなく僕の分も彼女のことをお願いしたいんです。
どうか彼女の味方でいてあげてください。
秋谷さんも退学されて研究室で安心して頼めるのは真中君だけです。
ですから、どうか……彼女のことをよろしくお願いしますね」