准教授 高野先生のこと
それは、とてもとても信じられないことだった。
「今日ね、ゼミが終わったあとにね……」
「うん?」
「並木先生にね、誉められたみたい」
“みたい”なんて自分のことなのに変な言い方。
けれども、それほど信じがたい出来事だったものだから。
「“頑張ってるじゃない”って」
演習室を出たところで声をかけてくださった並木先生。
先生に誉められるなんて想定外、私がきょとんぽかん。
先生は鼻歌なんて歌いながら、ひゅーんと風のように去っていってしまい……。
それ以上は何もお話しできなかったのだけど。
「へぇー、それはそれは」
「驚いた?」
「少しだけね。並木先生はなかなか簡単に学生を誉めないからね」
そうなのだ。並木先生は、あからさまに鞭もくれなきゃ飴もくれない。
だからと言って指導をしてくれないわけじゃないんだけど、徹底的な放任主義。
本当に肝心なことしか口出ししない。
「けど、僕はそれほど驚いてはいないよ」
「え?」
「だって君は本当に頑張っているんだから。並木先生にそう言われても意外じゃない」
こういうのを彼氏の欲目というのだろうか、なんて私はとても照れてしまった。