准教授 高野先生のこと
会場の教室で3人で作業をしていたら、少し遅れて森岡先生がやってきた。
「悪い、ちょっと遅れた」
「いや、僕らもさっき来て始めたところ」
「オレ、何やったらいいかな?」
森岡先生は上着を脱いで最前列の机に置くと、さあやるぞって腕まくりをした。
「僕と真中君で受付のほう作るから、森岡は彼女と中のほうを頼むよ」
「おっ、了解」
そんなわけで、高野先生と真中君は階段教室の前後からそれぞれ廊下へ出て行き、
残った森岡先生と私は高野先生の指示どおり、教室内の準備にかかった。
私は今まで、高野先生が抱える学会関連の雑務を手伝ってきたけど、
今期の事務局が高野先生と森岡先生の連名であることを、実は今日はじめて知った。
「なんかさ、高野に甘えてほとんど任せてたっつうか、押し付けてたっつうかさ」
森岡先生は貼紙の演者と演題の内容を確認しながら、私に聞こえるように呟いた。
そう、高野先生は本来森岡先生と分担すべき作業をずっと一人で抱えていたのだ。
理由はただ一つ、森岡先生の家庭の事情。
「うちの奥さんさ、一度流産していてね。今回も初期の頃に少し危機があってさ」
「えっ」
初産にしては安産だったと聞いてたし。
そんな話は初耳で、私はひどく驚いた。