准教授 高野先生のこと
「森岡の彼女は何を隠そう今の奥さんなんだよ。7年付き合って結婚したんだなぁ。
サークルの2コ下の後輩でさ、一生懸命で泣き虫でちょっと頑固なコでねぇ。
そうそう、高野がよく相談に乗ってやってたんだよなぁ、うんうん。
あの美穂ちゃんが一児の母とはねぇ。
そりゃあ年もとるわけだぁな」
「なんのサークルだったんですか?」
「ん?詩吟だよ、詩吟」
「へぇ~」
森岡先生の元気でよく通るお腹から出る声の由来がわかった気がした。
「高野はねぇ……」
先生の名前が登場しただけで、全身にピリリと緊張が走る。
「あいつはバイトで塾講やっててさ、そこで知り合ったコと付き合ってたんだ。
Y大の教育学部のコで、教員目指してたんだよなぁ。
すごくものをはっきり言う勝気なコでね。そういえば帰国子女だったんだ。
森岡と高野とボクと、それぞれの彼女と6人で遊んだりしたことあるんだけど。
あの二人のケンカはいつも凄まじかったね。
森岡んとこなんて微笑ましい痴話げんかだったけど、高野と涼子ちゃんは……」
田丸先生は一旦言葉を区切って、ちょっとだけ表情を曇らせた。
“涼子ちゃん”……。
私は田丸先生の横顔をぼんやりと見ながら、心の中で呟いた。