准教授 高野先生のこと

田丸先生がふと腕時計に目を落とす。

「おっとっと。ボクたちずいぶん話し込んだみたいだな」

「え?今、何時ですか?」

「親父、デンプン、画鋲」

「小学生ですか……」

「そろそろ会場に戻ろうや」

私たちは空のペットボトルを持ってよっこらしょっと立ち上がった。

歩きながら先生は今更ながら私に念を押してきた。

「先輩後輩のよしみだからね」

「わかってますよ。普通の学生だったら――」

「絶対にあんなことは教えない」

「ですよね」

そういえば、田丸先生自身のことは結局あまり聞かなかった。

学生時代の恋の思い出も聞かなかったし、それに……。

森岡先生が言っていた結婚に関する“訳あり”の訳も不明のまま。


会場では真中君が心配そうに少しやきもきしながら待ち構えていた。

「早くっ!ぼちぼちお開きみたいだよ」

「うん。ごめんごめん」

とりあえず、滑り込みセーフ。

そのとき一瞬――

すごーく遠くにいる高野先生と目が合った。

だけど……お互いすぐに目をそらした。


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