准教授 高野先生のこと

封筒の中には折った便箋に挟まれて、この前の学会のときの写真が入っていた。

真中君が撮ってくれたあの写真である。

手紙を読み終えた私は、心の中で――

何度も何度も“どうしよう”と繰り返し唱えていた。

何も困ってなんかいないのに、何がどうしようなのかわからないけれど……。

たぶん、こういうのを“やばい”って言うに違いない。

あんまり好きな言葉じゃないけど、今の心境にはひどくぴったりくる気がした。

胸がいっぱいになって、みるみるうちに泪が溢れた。

迷惑する人も心配する人も誰もいない一人きりの部屋。

私はただじっと耐えるように声を殺して、

はらはらと泪をこぼしながら、一人静かに泣いた。


ひとしきり泣いて落ち着いてから、私は支度をして彼のいない彼の家へ向かった。

寛行さんは今頃はもう確実に札幌。

田丸先生の結婚式の会場にいるに違いない。

帰りの飛行機は明日の午後の便だから、彼の帰宅はまだまだ先。

だけど――

そうとわかっていたけど、どうしても……。

彼の存在を感じたくて、いてもたってもいられなくて。

今夜はたとえ一人でも、彼のうちですごしたかった。


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