朱鷺
「見捨てないで、・・・」
包帯をしてない方の手で朱鷺をつかんでくる。その手に自分の手を添えて。
「わかったから、寝ろよ」
「見捨てないで」
「わかったってば、大丈夫だよ」
「朱鷺君が、好き」
「うん、うん」
赤ん坊をあやすように、髪を撫でる。
「朱鷺君、抱いて」
「何言ってんだよ、傷口開くよ」
「抱いて、お願い、」
「ダメだよ、」
「朱鷺君」

 朱鷺は、ベッドに腰掛けたまま、薫の形のいい鼻をよけてキスした。ふれるかふれないかわからないぐらいのキスをした。自分を命より大事だと、思ってもらったような気がしていた。あんなに血を流して、あんなに・・・
 朱鷺は、形の無い愛情が見えた気がして、ガラス細工を扱うように薫を抱いた。

 薫の傷は、リストバンドで隠れるようになった。あまり日はかからなかった。
でも、それから薫は、しんどかったから、店で寝て来ちゃった、と朱鷺のいる出勤時間までに、帰らない日があった。店に一度電話したこともある。ママの妹だという人が出て、起こしますか?と言って、その時、薫は電話に出た。不安をぬぐいきれない朱鷺だったが、薫は悪びれももせず堂々としたものだった。
 
 これが、やきもちっていうものか?朱鷺は真理には感じたことがない、いらだつ感情をはっきり自覚した。嫌なもんだ、知っている奴みんなが、薫の浮気相手に見えてくる。疑り深い自分にも腹が立ってしかたがな
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