朱鷺
けだ。次、階段で二人きりになったら「言おう言おう、言うんだ」と自分に言い聞かせていた。
 
「・・・薫・・・」
「なーに?」
きょとんとした目が、なんてかわいいんだと思った。
「・・・つきあおうか・・・」
  
   沈黙があった
 
 ものの1分なのに、朱鷺には何時間もの沈黙に感じた。それは不安に変わった。嫌な予感が彼を取り巻いた。
 「・・・彼氏、いるんだよね」
朱鷺の頭の中で、マンガのように がーーーーん と鐘が鳴った。

 朱鷺は薫を、責めることもできたはずだ。彼氏がいるのに、来るたびに向こうからキスしてきたのか、チップを渡すたびに、助かる~ありがとう、頼る人いないからぁ~、なんて言ったのは嘘か?。3日前、俺の股間にまでさわったくせに。全部、全部営業だったのか?思わせぶりで、俺はからかわれていたのか?
 ショックで店に行かない間に、薫は店を辞めた。朱鷺は自分のせいのように思えて苦しかった。騙された、からかわれた、と気に障っても薫の顔が見たかったのに、と悔やんだ。 そして店では、薫の悪い噂が広がった。薫は、他の客にもキスしていたのだ、金を借りていた客もいたらしい、あれはだらしない小悪魔だったと客が口々に言った。朱鷺は、自分もやられた、とは言えなかった。
 自分だけじゃなかったんだ、あのキスもあのささやきもあの笑顔も・・・朱鷺は一人、部屋で中学生のように泣いた。

 薫がいなくなって半年、朱鷺には恋人と呼べる人が
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