朱鷺
もなかった。カラオケに行っても、朱鷺は薫にろくに近づきもしない。くっつくぐらい近くに座ってはわざとらしいけど、手の届く所に座って、笑ったふりして、肩をたたいたり、膝をさわったりするぐらいできるだろうに。彼はそれなりに近くに座ってはいるけれど。浅く座り、足を投げ出すようにして、背もたれに半分寝るぐらい傾いて、薫の方へ首を近づけるぐらいがせいいっぱいだった。朱鷺は身体が思うように動かない。妙なロボット動きをしているようだ。後、もう首一つ分近寄れば、薫の肩に頭をのせることもできるのに、なんとも不自然に身体を曲げていた。
 朱鷺は上の空のカラオケを終えて、外に出た。すると、薫の方から手をつないできた。朱鷺はびくん、と身体が反応した気がした。
「これから、どうする~」
 聞き覚えのある酔った甘えた声、真横にいるから薫の顔はわからないが、こういう声の時、薫はトロンとした目つきになって色っぽいのだ、と朱鷺は見えない顔を想像した。
・・・これから、どうするって。。。どうするって。。。。コイツまた俺をからかっているのか?それとも本当に行く所行っていいのか?薫はいつも本心がわからない。・・・・
薫が、朱鷺の肩に頭をもたげてくる。
「・・・朱鷺君に恋人がいなかったら、よかったのにねぇ~」
「・・・か、薫もいるじゃないか」
「え~もう終わったも~ん」
朱鷺は、実は薫が別れたのは知っていた。別れたのに、まだ彼氏の家に居候しているのも知っていた。出て行く金が無いんだろう。薫はだらしないところが多い奴だ。今も仕事しているのかどうかあやしいもんだ。俺もまたその場しのぎの遊び相手なんだろう。もしかしたら金づるかもしれない。2年も顔も見なかったのに、忘れたつもりだったのに、薫の噂はしきりに耳に入ってくる。まるで、選んで耳に入ってくる。
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