朱鷺
「する?」
朱鷺は、音がしないように唾を飲み込んだ。
「いいよぉ~しても」
薫の吐息を首筋に感じながら、足は一応ホテル街に向かっていた。薫が肩に頭をもたげているのに、朱鷺は肩に手を回してもいなかった、だから変な歩き方にハタからは見えたかもしれない。
 渋谷と言えば、ホテル街だ。坂を登ればいっぱい選ぶほど立ち並んでいる。真夜中明け方近く、しんとした通りにホテルの看板だけ煌々(こうこう)と輝いている。

 薫が頭をのせた肩が熱い。
 薫がふれている左腕や、左脇腹が熱い。
 薫が歩くとあたる腰が熱い。
 かすかに感じる薫の息が首筋に熱線のように熱い。

 ここで、薫にさわるのは簡単だ。夢にまで見た薫にさわれる。胸も腰も湿っているだろう部分も隆起してくるだろう部分も全部見られる、さわれる。ホテルは目の前だ。後、20歩も歩けば部屋の中に入れる。お、お風呂に先に入ろうか、まだるっこしいから後でいいか、でも先に入らないと嫌われるか?、一緒には入れないな、俺は固まってしまうだろうから。見られるのも恥ずかしいし。噂では薫は責められるのが好きらしい、期待にこたえようじゃないか、全身全霊を駆使して突き進んでやる。で、でも真理にばれたら、真理と別れるのか?あいつ泣くだろうなあ、刃物出ないだろうなあ、わ、別れるならきちんと別れてからの方が傷つけなくていいんじゃないか。で、でも今しか薫とできないじゃないか。真理と別れるまで待っててくれ、なんて待つ奴か?別れたとして薫とつきあうのか?このだらしない浮気者と?つきあっても、コイツにふりまわされて疲れて果てて結局別れる自分が今すでに見える。見えるけど、今ならできる。今ならできる。で、
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